●地名の由来は甲子園球場から
 むかし、甲子園一帯は、兵庫県武庫郡鳴尾村と呼ばれていた。
大正13年8月1日、武庫川改修工事に伴い、廃川となった旧枝川・申川の分岐点の地に、阪神電鉄の手により、大野球場が開設された。この年の干支、甲子(きのえね)にちなんで、甲子園球場と命名される。
 以降、阪神電鉄により、この一帯の住宅開発が進められ、阪神国道以北地区を上甲子園、阪神国道以南、阪神本線までの地区を中甲子園、阪神本線以南の旧枝川河道の地区を浜甲子園、そして海岸沿い地帯を南甲子園と呼ぶ住宅地が形作られた。

●スポーツ・レジャーのメッカ甲子園
 
甲子園球場を中心に、次々とスポーツ・レジャー施設がつくられた。
■テニスコート
大正15年、球場の南側に9面、昭和6年、今の甲子園九番町あたりに増設、総数57面に拡がり、世界一の百面コートと呼ばれる公認競技場となった。
■プール
 昭和3年、甲子園浜付近に浜甲子園プール(短路)を開設。昭和12年、甲子園球場南側に、1万人収容スタンド、飛び込み用プールのついた公認プールが開設された。
 現在、甲子園テニススクールとなっているが、スタンドの名残がある。
■総合競技場
 昭和4年、旧枝川河口付近に、ラグビー、サッカー、アメリカンフットボール、陸上競技などの競技場、3.3haの甲子園南運動場ができ、多くの国際競技が行われた。

●鯨もいた阪神パーク
 
昭和4年に開場された、旧枝川河口付近に広さ9.9haの甲子園娯楽場が初代阪神パークの前身である。アシカや鶴、ペンギン、象などのサーカス、遊園地があった。
 昭和9年に水族館ができ、11年には、太地よりゴンドウ鯨を運んできて、話題になった。現在の海岸、鳥獣保護区あたりの浜辺にその建物の名残が見られる。


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